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ハマクロスプレス
名称について

名称は公募にて決定いたしました。長崎・福岡を中心に全国から1,700通を超えるご応募を頂き、アイデア溢れる中から「ハマクロス411」を選ばせて頂きました。

主な選考理由

長崎浜町のアーケード通りが交差(クロス)する浜町4番11号、多くのヒトが行き交い、開けた文化が交差(クロス)するエリア。アーケード・ヒト・ファッション・おもてなし、お祭、様々なコトが交差(クロス)する拠点として、クロスという分かりやすく想起しやすい言葉で表現されていたことでございます。いつの時代も、感度の高いファッション・ライフスタイル・おもてなしを提案し続け、地域のみなさまに、末永く親しまれるランドマークを目指します。

ハマクロス正面
概要

1階~3階までを「上質な品揃え」をテーマにした商業ゾーン。4階~11階までを「上質なおもてなし」を提供するホテルゾーンとして展開いたします。
コンセプトは、①洗練されたファッションを中心に上質なライフスタイルを「発信」、②観光拠点にふさわしい都市型ホテルの「提案」、③「浜んまち」に新たなランドマークの「創造」とし、洗練されたファッション・ライフスタイルと上質な寛ぎあるホテルをご提案いたします。

ハマクロス外観
土地の移り変わり
ハマクロス411の沿革

浜町4(旧 東濱町)
江戸時代末期、岡部徳太郎は古町に貿易商を開業し、安政元年(1854)に東濱町長店に唐物の商品を販売する貿易商を始めます。明治27年(1894)東濱町本通り角地に移転し小売呉服部を始め、後に岡政呉服店と改称します。昭和6年 (1931)には斜め角にあった岡部呉服店に家具部を設け拡大し、昭和9年(1934)雑貨部や食料品部などを統合して長崎初の百貨店:岡政百貨店を創業します。ここには長崎初となるエレベーターが設置されました。昭和29年(1954)当時、長崎最長のビルとなる鉄筋コンクリート建てに変わり(昭和35年増築で8階建てとなる)、岡政百貨店は長崎を代表する百貨店に発展します。昭和63年(1988)岡政百貨店は閉店し、提携のグループ大丸によって長崎大丸となり女性を中心とした百貨店となり、平成15年(2003)博多大丸に吸収され現在は博多大丸長崎店となっています。なお、浜町アーケードと観光通りが交差する四つ角は、以前までは「岡政前」、現在では「大丸前」と呼ばれ、長崎の待ち合わせの場所として有名です。(『丸山歴史散歩』山口広助著より抜粋)
山口広助・・・丸山ぶらぶら散策倶楽部の代表。長崎史談会幹事。「長崎さるく博」の元市民プロデューサー。